過去の自分が今の自分をサポート

雑感
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近、しみじみ感じたことがありまして、それを書きたいと思います。

ちょっとスピリチャルっぽい話にはなりますグラサン

それはタイトルにもある通り

「過去の自分が今をサポートしてくれる」ということです。

皆さんはこんな経験ないですか?

「これやって何になるんだろうショボーン」と思うけれど、放り出せないという経験。

あることを頑張ったけれど、結果、そのこと自体では報われなかったという経験

私はありまして。

かなり長い間、やめたい、でもやめられない、

いや、放り出した方がいい気がする、でも放り出せない

という葛藤の中で必死でやってきたことがありました。

頭で考えたら、その努力は放棄して良いことだし

実際、周囲からも「もういいんじゃない?やめたとしても誰も責めないよ」

と言われることも多かったのですが

私の気持ちが「やめよう」とならず

でもしんどかったのは事実で、そのため葛藤を抱えながらも頑張ったことでした。

そして結果、その頑張ったこと自体では報われなかったので

「一体なんだったんだろう…。虚しいなあえーん」なんて思った時期もあったのですが

その時の必死の努力、思いが「今」まさに助けになっているということに気が付いたのです。

「あ、あの時私がああやって一生懸命やってきたから、

今こうして一分の迷いなく自分を主張できるんだ」と。

そしてそれが周囲にも伝わり、もちろん一生懸命やった私を知っている人もいるから、

結果、色んなことが上手くまわるんだなあと感じたのです。

不特定多数の人が見るブログなので、詳しいことが書けず

あいまいな言い方になってわかりにくくて大変申し訳ないのですが

その時、意味が見いだせないことでも、

直接は報われない努力だったとしても

その時自分の気持ちが「やらなきゃ」と思ったことは

未来の自分からのメッセージかもしれないと思ったりもします。

つい最近、その苦しいながらも放り出さずに必死でやっていた時期のことを思い出して

「報われなかったけど、でもあの努力があったから、今この問題に対処できてるなあ」

とぼんやり思いを馳せ

「あの時の私に、頑張れ!放り出すな!と念を送ろう」なんてふと思ったときに

ああ、未来の自分があの時苦しかった自分にメッセージを送ったのかもしれない

なんて思ったのです。

「今」の私が、あの時の私に「頑張れ!投げ出すなー物申す」とエールを送っているように

「未来」の私が、「今の私」に「これやっとけ!」とか「ここ行っとけ!」「この人に会っとけ!」

もしくは「絶対やめとけー!煽り煽り」と言ってるかもしれないなあ、なんて

ちょっとスピリチャルというかオカルト的な話ですが

でも、「そういうこともあるかもしれない」と思うと

時間は過去から現在に流れているわけじゃないという説もわかりますね。

そういえば武田鉄矢さんも「自分を励ましてくれるのは過去の自分」という名言を残されています。

今日はつらつらと思ったことを書きました。

必要な人に届くといいなあ…

最後までお読みいただきありがとうございました。